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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)673号 判決

控訴人・被告 嵯峨英子

被控訴人・原告 金杉志め

訴訟代理人 藤倉芳久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次のとおり、附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四枚目―記録一六丁-裏一〇行目「但し、」とある次に「第三、」を加える)。

一  控訴人は、次のように述べた。

仮りに、控訴人が浅見弥右ヱ門から原判決添付目録(一)記載の土地(以下、本件土地という)を転借するにつき賃貸人側の承諾を得た旨の主張が認められないとしても、控訴人は、前記浅見から昭和二七年一〇月中に当時浅見が被控訴人から賃借していた土地七、六〇三・三平方メートルの一部である本件土地を普通建物所有の目的で期限の定めなく賃借すなわち被控訴人からは転借し、同年一二月頃までに原判決添付目録(二)記載の建物(以下、本件建物という)を建築所有するにいたつたものであるが以後転借地代を浅見に支払い、浅見は、これを被控訴人の代理人である恩田壽一に対し控訴人の転借地代と明示して交付し、昭和四〇年九月に至つた。また、控訴人は、本件建物の建築にあたり、恩田壽一に建物の設計図を作製させ、所管官庁に対する建築届を依頼したから、恩田は控訴人が本件土地上に本件建物を建築所有することを当初から熟知していた。このように、控訴人は、昭和二七年一〇月中に、本件土地につき転借権があると信じて、そのときから平穏かつ公然に本件土地の占有を始め、善意無過失であるから、昭和三七年一〇月の経過とともに、本件土地につき、普通建物所有の目的をもつてする転借権を時効により取得した。

二  被控訴代理人は、次のように述べた。

1  一の控訴人主張事実中取得時効期間経過の事実は、全部これを否認する。

転借権は、土地所有者との関係において民法一六三条にいわゆる「所有権以外ノ財産権」として取得時効の対象となり得るものではない。そうでないとしても、土地所有者の承諾のないかぎり無断転借人が時効によつて取得すべき転借権は土地所有者の承諾のない転借権に止まると解すべきであり、土地所有者である被控訴人が転貸につき承諾を与えていない以上、控訴人は、時効取得した転借権をもつて、被控訴人に対抗することができない。そうでないとしても、転借権を時効取得するためには、他人の土地の継続的用益が賃借の意思に基づくものであることを要すると解すべきであるところ、控訴人は本件土地使用につき所有者である被控訴人に対し対価の支払いも供託もしたことがなく、本件建物につき控訴人を所有者とする所有権保存登記手続がなされたのは昭和四〇年一二月七日であるから、取得時効の要件たり得る占有は、右登記の日からようやく開始されたものである。

2  仮りに、控訴人主張の取得時効期間が昭和四〇年一二月七日から起算すべきでないとしても、控訴人は当初から借地人浅見のほかに事実の土地所有者があることを知りながら、浅見に託し浅見の名において賃料の支払いを続けたうえ昭和四〇年一二月七日に至り本件建物の保存登記手続を了した経緯に徴し、占有の始めにおいてその占有が正権原に基かないことにつき悪意であつたものであり、また、控訴人は、土地所有者である被控訴人が本件土地と近距離に居住していることを知りながら、被控訴人方に赴き転貸借許諾の有無を確認しようとせず、賃料支払に際し浅見から交付された受領証の文言が「御預り」となつているのを看過したのであるから無過失ではない。したがつて、時効期間は二〇年と解すべきところ、被控訴人は控訴人に対し昭和四〇年一〇月六日到達の書面を以て本件建物収去本件土地明渡の請求をし、右請求から六か月以内である昭和四一年一月一〇日本訴を提起したから、これにより時効は中断し控訴人主張の取得時効は完成していない。

三  証拠〈省略〉

理由

一  本件土地が被控訴人の所有であることおよび控訴人が本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、控訴人主張の抗弁につき順次判断する。

1  転貸借につき代理承諾または黙示の承諾の有無

被控訴人が浅見弥右衛門(以下、浅見という)に対し昭和二〇年本件土地を含む土地すくなくとも四九二・五六平方メートル(一四九坪)を建物所有の目的で賃貸したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、原審および当審における証人浅見昇司、原審(第一回)および当審(各一部)における証人恩田壽一、原審および当審における被控訴本人と控訴本人の各供述によれば、恩田芳男は被控訴人の母亡金杉みなと懇意であつて同人から被控訴人の所有土地の買主または賃借人の世話を依頼されていたので、昭和二〇年八月頃浅見を被控訴人に紹介し、その結果、被控訴人と浅見との間に、本件土地を含む四九二・五六平方メートル(一四九坪)の賃貸借契約が締結され次で浅見は昭和二七年八月頃控訴人に対し本件土地を普通建物所有の目的で賃貸したことが認められる。原審(第一回)および当審における証人恩田壽一の供述中右認定に反する部分は採用せず、ほかにこれを動かすだけの証拠はない。

控訴人は、本件土地を含む被控訴人所有土地の管理人であつた恩田壽一の承諾のもとに本件土地を浅見から賃借したと主張する。しかし、原審における控訴人本人の供述中恩田壽一は控訴人が浅見から本件土地を借りていることを承諾していたという部分および当審における控訴人本人の供述中昭和二七年頃恩田の承諾を得たと聞いたという部分は具体的事実に基づかない陳述ないしは根拠の薄い伝聞に属し採用し難く、ほかにこれを認めるだけの証拠はない。もつとも、原審証人恩田壽一の第一回供述によつて成立を認める乙第七号証、原審(第一回、一部)および当審における証人恩田壽一、当審証人浅見昇司、原審および当審における控訴人本人の供述によれば、恩田芳男の子である恩田壽一は、当時大宮市役所前で建築工務店を営んでおり、浅見を通じ控訴人から依頼を受けて本件土地上に建築する本件建物の建築確認申請書および風致地区内の建築許可申請書を控訴人のために作成して昭和二七年一〇月一四日頃提出し、その頃本件土地も見ていたので、本件土地の上に控訴人が本件建物を建築し所有することを知つてはいたが、浅見に対して別に異議を述べなかつたことが認められる。そこで恩田壽一に被控訴人に代り本件土地の転貸を承諾する権限が与えられていたか否かを検討する。原審および当審における証人浅見昇司の供述によつて成立を認める乙第二六号証、原審および当審における控訴人本人の供述中恩田壽一が本件土地を含む被控訴人所有土地の管理人であつたという部分は原審証人恩田壽一の第一回供述に照らしていずれも採用し難く、成立に争いのない乙第三〇号証、前顕甲第一号証によれば、本件土地附近の被控訴人所有土地に関する被控訴人と借地権者浅見との間の借地に関する契約に恩田壽一が昭和三一年五月二〇日立会人となつていることは認められるが、当審証人恩田壽一の供述によれば、右契約証書になされた被控訴人名下の押印は被控訴人自らしたものであつて立会人である壽一が地主の代理人として契約締結に関係したものでないことが認められるから、右書証は控訴人の右主張を認める証拠とするに足りない。他に壽一が本件土地とかその附近の被控訴人所有土地について被控訴人を代理して賃貸したり転貸を承諾する権限を与えられていたとの事実を認めるべき証拠はない。なお、原審証人長谷川栄一、原審(第一回)および当審証人恩田壽一、当審証人浅見昇司の各供述によれば、恩田壽一の父芳男は被控訴人から本件土地に隣接するその所有地を賃借しており、前認定のように浅見が芳男の紹介で本件土地を含む一四九坪を被控訴人から借りたいきさつから、浅見の被控訴人に支払うべき地代は、当初は芳男、昭和二四年に同人の死亡した後は壽一が自己の借地の地代とともに被控訴人に支払つていたこと、本件土地の地代値上げも被控訴人から直接浅見になされたことが認められるから、被控訴人が浅見に対する本件土地地代の取立、値上交渉についての権限を恩田芳男ないし壽一に与えていたことを認めうるにとどまりこの程度を超え本件土地を賃貸したり転貸を承諾する権限は与えられていなかつたことが認められる。よつて、被控訴人の代理人としての権限のある恩田壽一から転貸の承諾を得たという控訴人の主張は採用することができない。

次に、右転貸につき被控訴人が黙示の承諾をしたか否かについて判断する。当審における被控訴人本人の供述によれば、被控訴人は昭和二七年頃本件土地上に二軒の建物があり、うち一軒には安田という表札が掲げられてあるのを見たことが認められる。しかし、当審証人恩田壽一の供述中右家屋が控訴人の所有であることを控訴人が知つていたのではないかという部分は同証人の推測にすぎず、ほかに、被控訴人が当時からこれを知つていたことを認めるだけの証拠はない。かえつて、当審における証人浅見昇司、被控訴人本人の供述によれば、本件建物は浅見が請け負つて建築したものであるが、被控訴人は当初浅見が本件土地を賃借した際本件土地の地上に貸家を建てる計画であると言つており、浅見は大宮市宮町に居住し、建築請負業を営んでおり、しかも、前叙二軒が同じ構造であつたところから、浅見み建策した貸家であると思つていたことを認めることができ、成立に争いのない甲第三号証の一、二、乙第二四号証、原審証人長谷川栄一(第一回)、当審における被控訴人の供述によれば、被控訴人が控訴人の本件土地転借をはじめて知つたのは昭和四〇年九月頃であることが認められる。もつとも、原審および当審における証人浅見昇司、同恩田壽一(但し、原審は第一、二回)の各供述によれば、控訴人は賃料を浅見に持参して支払い、浅見はこれを自己の賃料と区別して恩田壽一に持参して支払つていたことが認められる。しかし、右恩田の各供述(各一部)、原審および当審における被控訴人の供述によれば、恩田壽一は右賃料を被控訴人方に持参する際に控訴人の分と浅見の分とを区別して届けていたのではなく、恩田が控訴人から賃借していた土地の賃料とともにひとまとめにして持参していたことが認められる(右恩田の各供述中右認定に反する部分は採用しない)から、控訴人が本件土地の賃料を浅見に支払い、被控訴人が恩田を介してこれを受領していたからといつて、被控訴人が右転貸借を暗黙のうちに承諾していたということはできない。

なお、原審および当審における控訴人本人の供述ならびにこれによつて成立を認める乙第四号証によれば、控訴人の父弥三郎は昭和二七年一〇月頃浅見に対し地主に持参すべき礼金一、〇〇〇円を交付した事実が認められないではない。しかし、右一、〇〇〇円が浅見を介して被控訴人に右の趣旨で交付された事実を認めるべき証拠はないから、礼金受領により被控訴人が前記転貸を暗黙のうちに承諾したということもできない。

2  転借権時効取得の成否

他人の土地の用益がその他人の承諾のない転貸借に基づくものである場合においても、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつその用益が賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、転借権は土地所有者との関係において民法一六三条にいわゆる「所有権以外ノ財産権」として取得時効の対象となり得ると解すべきであり、この場合承諾がなくても無断転借人が時効によつて取得すべき転借権はこれをもつて土地所有者に対抗し得るものであると解するのが相当である(最高裁昭和四一年(オ)第九九一号、同四四年七月八日判決民集二三巻八号一三七四頁参照)。

前顕乙第七号証、原審における控訴人の供述によつて成立を認める乙第一号証、原審および当審における証人浅見昇司(原審は一部)、証人恩田壽一(原審は第一回)、当審における控訴人本人の供述および前記1の認定事実によれば、控訴人は、浅見に注文し、同人を請負人として昭和二七年九月以降本件土地に本件建物を建築させ、同年一〇月頃竣工したのでこれを所有しその後しばらくの間本件建物に居住していたことが認められる。そして、原審証人浅見昇司の供述とこれによつて成立を認める乙第六、九号証とによれば、控訴人は、昭和二七年一〇月以前から引き続き浅見に対して本件土地の地代を支払つていたことが認められるから、右の事実を前示本件建物建築所有の事実と総合すれば、控訴人の本件土地継続的利用が賃借の意思に基づくことは昭和二七年一〇月末日以降客観的に表現されていると解する余地がないのではない。

しかし、地主との関係において成立する転借権の時効取得は用益者と地主との関係にほかならないから貸借の意思に基づく用益が地主との関係において客観的に表現されることを要するものといわなければならない。

ところで、地主との関係において客観的に表現されるというのはどのような場合を指すかを一般的に論ずることは困難であるが、取得される権利が転借権という債権関係であることに鑑み、転借権が時効により取得されてもやむをえないとされるような関係が客観的に表現される場合であることを要すると解すべきである。かく解することによつて地主側に時効中断の余地を残し不測の間に時効が完成するという不利益を防止し時効制度による当事者の衡平が期待されると考えられるからである。

この見地に基づいて本件を見るに、控訴人の所有にかかる本件建物は前に認定したとおり借地人である浅見が建築に当つたものであつて、その所有する隣接建物と同じ構造であり浅見の所有する貸家の外観を備え同人のほかの控訴人の所有であることを推測しうる特段の外見は右家屋に控訴人が居住していたこと以外に存在せず(本件建物について控訴人名義の保存登記のなされたのが昭和四〇年一二月であることは前記のとおりである)、また、前認定のとおり控訴人から支払われた地代は浅見から別段の説明なく一括して地主に交付されたので、地主において控訴人の出金であることを了知しえない状態において授受されていたのである。そのほかに転借人と地主との間に転貸借関係の存在を推測させるような客観的事情の認められない本件において、転借権の取得時効の進行を肯定することは地主に不測の不利益を強いるものというべきであつて、転貸借の用益関係が客観的に表現されたと認めるに足りないところである。

そればかりでなく昭和二七年一〇月末日当時控訴人は、本件土地を占有する権原のないことを知らなかつたことにつき過失があるものと認定される。すなわち、原審および当審における証人浅見昇司および控訴人本人の供述に前認定事実を総合すれば、控訴人は、当初から本件土地が転貸人浅見以外の者の所有に属することを知りながら、右浅見に尋ねれば容易に知り得た本件土地の所有者およびその住所をしらべず、昭和二七年末頃たまたま本件土地の所有者が被控訴人であることを知つたのちも本件土地から僅か約八〇〇メートルしか隔つていない所に居住している被控訴人につき転借承諾の有無を確かめることをせず、もとより、書面による承諾を求めることもなかつたことが認められるから、控訴人は自らが本件土地を占有する権原を有しないことを知らなかつたことにつき過失がないとはいえない。してみれば、時効期間は昭和四七年一〇月末日が経過する前には完了せず、控訴人が取得時効の完成により本件土地の転借権を取得したという控訴人の主張は、その余の点につき判断を加えるまでもなく、採用することができない。

三  よつて、被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は、理由がないから、民訴法三八四条一項に従いこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 園部秀信 裁判官 森綱郎)

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